ケルン大聖堂

ケルンはドイツ北部にあるドイツで4番目の大都市です。
ライン川両岸に広がる都市で重工業が発展している一方で、世界でも最も古い大学の一つであるケルン大学を擁する文化都市でもあります。

ケルン大聖堂はケルン中央駅を出るとすぐ目の前にある巨大にして荘厳な建造物で、ドイツでも有数の観光スポットです。

632年を要した再建

ケルン大聖堂の前身である教会の創建は4世紀です。
12世紀に入って、神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ1世がミラノから聖遺物を持ち帰り奉納しました。
この時の聖遺物とは東方三博士の遺骨で、現在もケルン大聖堂の正面の祭壇に金色の小箱に入れて安置されています。
この聖遺物があるために、ケルン大聖堂に多くの巡礼者が訪れるようになったのです。

1248年には、ケルン大聖堂は火災で焼失してしまいました。
焼失当時に流行したのがゴシック様式の建築です。
ゴシック様式では、神に近づくために少しでも高く尖塔をそびえ建たせるのです。

しかし、16世紀の宗教革命から18世紀までの間建設は中断されたまま放置されていました。
1814年に創建時の設計図が見つかり、ドイツ国家統合の象徴として再建が開始され、1880年に157メートルの双塔をもつケルン大聖堂が完成しました。

建築様式はリバイバル・ゴシック様式で、元のゴシック様式を踏襲する形で尖塔をたっかくそびえたたせたのです。
巨大な建物でありながら、細部にまでも精緻な装飾が施されている建造物で13世紀の焼失から実に632年の月日を要して再建されたのです。

ケルン大聖堂には、見事な塔が2つそびえたっています。
それぞれの高さは157mもあります。
それらの塔には目に見えない部分にまで精緻な装飾が施されています。

ゴシック様式では、神に近づくためにひたすら天を目指す、より高くより天に近く建物を上に伸ばしていったのです。
ケルン大聖堂は建立当時としては最も高く最も巨大な大聖堂だったのです。
これだけの規模の建造物が石だけで作られていて、しかも高さを競うのですから当時の建築技術の高さがしのばれます。

巨大で荘厳で精緻

ケルン大聖堂の外観は圧倒的な存在感と精緻な装飾に驚かされますが、内部は日本人の感覚では想像もできないぐらいの天井高でそのスケールの大きさに驚かされます。

床には精緻なモザイク画が施され、窓には幻想的な光を放つステンドグラス、天井はあまりにも高くて首を後ろへぐっと曲げないと見えません。
大聖堂へ入って正面からは豊かな日光が差し込み、まるでそこにイエスがあrあわれるのではないかと思えるような荘厳さです。

あまりにも広く、数々のステンドグラスや祭壇の装飾などすべてのものが、細かく見ることはできないくらいです。
自分の目で見られるのは、その荘厳さと全体像で細かい部分はパンフレットなどの写真を見た方がわかりやすいのです。

モン・サン・ミシェル

モン・サン・ミッシェルはフランス西海岸にあるサン・マロ湾に浮かぶ総面積6,558 haの小さな島です。
サン・マロ湾は干潮時と満潮時の海面の差が激しく、昔は本土との行き来は干潮時のみに現れる道を利用して行われていました。
干満の差が15m以上あるのでかつてはこの道で潮に飲まれて命を落とす人々も多かったと思われます。

1877年に大陸との間に道が作られましたが、この道のせいで島が陸地化してしまいモン・サン・ミッシェル本来の姿が損なわれてしまいました。
そのため2009年にその道は取り壊され、現在は橋が渡されてバスが運行されています。

様々に変遷する役割

モン・サン・ミッシェルの起源は708年にアヴランシュ司教オベール大天使ミカエルの夢のお告げによって礼拝堂を建てたのが始まりで、それまではケルト人の信仰対象でした。
966年に、ノルマンディー公リシャール1世がベネディクト会の修道院を建築して以降、増築が重ねられて現在の形になりました。

英仏の百年戦争の期間はフランス軍の要塞としての役目を果たし、この時期には要塞としての堅固な建造物も造られています。
百年戦争が終わってからは、再び修道院として使われていましたが、フランス革命の時に修道院は廃止され、1863年までは国営の監獄として使用されていました。

モン・サン・ミッシェルは物語の中で非常に陰鬱な土地として描かれることがありますが、その背景には監獄としての歴史的経緯があるのです。
1865年からは修道院が復元されて現在も観光的な脚光を浴びながらも信仰の島として生き続けています。

繰り返される増改築

教会堂は創建時、隆盛のさなかにあったフランク王国(カロリング朝)の建築様式で建てられています。
内陣は当初はロマネスク様式で建築されていましたが、百年戦争の時に破壊されてしまい、その後フランボワイアン・ゴシック様式で再建されました。
窓飾りやステンドグラスが特徴的な建築様式で、ヨーロッパに数多くの宗教施設が残されています。

13世紀までの宗教施設と15世紀までの軍事施設が相まって、それからも何度も増改築が繰り返されているため、建物の下にはその前の建物の遺構が見つかることもあるそうです。

1897年には、モン・サン・ミッシェルのシルエットを決定づける鐘楼と尖塔が建設され、その上には金色のミカエル像がそびえたちます。

観光的とっ宗教と

モン・サン・ミッシェルはフランスで最も有名な観光地の一つで島のすぐ近くには、観光バスや車がたくさん止まっていて、多くの観光客が押し寄せます。。
島内の街の中のお土産屋さんやレストランは大盛況で非常に俗っぽい感がしますが、修道院に近づくと世俗との関係を断つように切り立った擁壁があり、その中では今も実際に修道士や修道女が住まう宗教活動の場なのです。

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